Iちゃんとお母さんが遊びに来られました。Iちゃん、2回目です。ヒト型ぬり絵の1枚目を見ると、描きたいことがたくさんありそうなIちゃんそのものの感じがします。Iちゃんのぬり絵には、いつも生き生きした目があります。目は当然あるものだから、ないと困るのだ、という感じ。お母さんのヒト型ぬり絵は、ヒト型だけど、「空」を描いたそうです。今の自分は、空と星の気持ち![]()
その後、いつものように、みんなで1枚の絵を描きます。Iちゃん、さっそく描き始めます。なかなか次の人の番にならないので、このままひとりで描きたい?と聞いてみると、そうではなかった。木と葉っぱを、まずはたくさん描きたかったのです。そこに、みんなで描いていこうよ!というアイデアだったのかな?ちゃんと順番は、まわってきました。次にお母さんが、描きます。
すると、Iちゃんのリアクションがあり。バスケットボールの試合なら、審判がぴぴーと笛を吹くような。ちょっとした協議があり、ルール確認があり、試合は続くのでした。遊びに協議はつきものだったなあ、と思い出しました。小さいとき、近所のお姉さんと石蹴りとか、ゴム飛びで遊んでるとき、ルール確認は厳正な場面でした。「○○ちゃんは、小さいからいいの」なんていう特例ルールもあったなあ。。みんなで1枚を描くという遊びはみんなで順番に描き加えていくのです。次の人は、前の人の描いたあとに描き加えていく。ここにドラマがあるのですよ。どんな絵になるかわからない。どのへんをOKにしていくか。本日のルールは、描きながら、少しづつ広がっていく。ちょっとした冒険を遊ぶ。お母さんは、繊細な葉っぱやミツバチを丁寧に描いてます。Iちゃんも、そういうことをしたいみたいだけど、子どもらしいおおらかな表現になってしまうのを楽しんでます。私はどうしようか。。動物を登場させてみることにしました。あとでそこに、Iちゃんが目を描いたりしました。舞い降りる鳥を小さく描こうとしたときは、大きめの筆でなんとかしようとしたらIちゃんとお母さんが、これ、使ったら?!と細い筆を差し出してくれました。おお
描いている気持ちを一緒に味わって、見ていてくれたのがうれしい。でも、細い筆じゃなくて、描きたかったので、今は、大丈夫、と返事しました。それが伝わったのもうれしい。指導者と生徒の関係でないのもうれしい。
その後は、お二人とも2、3枚ずつ、自由に描いてました。Iちゃんは今回もネコを描いてます。何回も見に行って触ってネコの重さが伝わってくるような絵です。お母さんは風景を描いてました。広い広い空が印象的です。故郷の風景だそうです。それから、アトリエのカメも描いてました。カメもかわいいですが、そのまわりの水と黒い石の具合が素敵です。色を使うのが苦手と、お話してましたが、今、大事に感じる色を使っている実感があるのでした。ウチのアトリエで遊ぶ目的は、今の自分を探求して感じていくこと。実感は大事にしたいところです。実感は自分の拠点みたいなものだと思います。そこがしっかりわかっていると、実感と一緒に新しい感覚を試したとき変化がわかりやすいのです。変化をあれこれ遊ぶのも楽しいですが、今、持っている感覚を大事に広げていくのは静かな楽しみです。
最後のヒト型ぬり絵、Iちゃんは、花柄の色紙を切って大きな壺(かな?)を貼ってます。模様を切り抜いてネコの絵にも貼りました。時間いっぱいまでやりたいことをやりきって、とても忙しい!でも楽しい!のです。グレーの色鉛筆で人型を描いていたんですが、最後、目は黒で、しっかり描かれてました。目は、こうでなくちゃ!と言う感じです。お母さんにも、グレーの色鉛筆をお渡ししました。ヒト型ぬり絵を描いてもらおうと思ったんですがお母さんは、アニメ「呪術廻戦」の登場人物を描きました。これは、今の自分?と聞くとにっこりしてうなずいてました。なるほど!ヒト型ぬり絵以外で、今の自分を表現する!もちろん、OKですとも。アニメでは、目を覆うように黒い布を巻いてる人物ですがそこは、渋い金色の色紙を貼りました。こんな色紙、あったかな?と思ったらIちゃんが切った色紙の裏がこの色だったそうです。この紙だけ裏が金色だったと、うれしそうなのでした。あとで気づいたんですが、この日、お母さんが描いた絵の中で無彩色以外の1色が、一番はっきり表現されているのが、この金色なのでした。色を使うのが苦手な人が色を使うとき、大事な深さを感じます。そういうことをお互いに味わうとき、アトリエの役割を感じます。
